9月25日(土)
チャンドラー漬けは相変わらず続いていて、今は『長いお別れ』の原書を読んでいる。一日三頁進
めばいいほうだ。
『長いお別れ』がチャンドラーの集大成、という話はすでにしたけれど、こうして読み慣れない英
語をちびちび読んでいくと、改めてこの小説のどこがどう素晴らしいかがよく判る。この小説はマ
ーロウ探偵の一人称で、僕も今一人称の小説を書いているから、どうしても比較してしまうのであ
る。で、比較にならないと思う。『長いお別れ』を書いた男は60歳で、プロとして15年の経験
を持っており、こっちはしがない駆け出しだ。だから比較にならなくてもいいのかもしれないが、
それでも気持ちは焦るんである。

9月18日(土)
新作小説は原稿用紙89枚にて全体の四分の一が完了。もちろんこれは第一稿に過ぎないが、とに
かく作業は進行していると、自分にいい聞かせるのには役に立つ。
目下執筆中の作品に自信がないのは今に始まったことではないが、今回はとりわけ自信喪失がきつ
いように思われる。何をどう書いても馬鹿らしく思えてしまい、とうとう本当に僕は駄目になって
しまったに違いないという気持ちが、確信に変わってしまったりする。
このあいだ丸善の新しい本店で買ったフランク・マクシェイン『レイモンド・チャンドラーの生涯』
は、そんな僕にひそかな慰めを与えてくれている。僕はこの本をちらちらと拾い読みしては、ああ、
僕はチャンドラーほど才能はないかもしれないが、彼ほど不幸ではない、と感じる。そう思うとき
「不幸」というのは、具体的には貧困とアルコール中毒のことである。チャンドラーは若いときに
文学をこころざした。というより、文学を夢想する青年だったといったほうがいい。それから会社
員になった。よくあることである。石油会社ではうまく立ち回って重役になった。けれどもアルコ
ール摂取過多によるトラブルや、発作的な自殺未遂、不倫や職務怠慢などが目に余って、会社を首
になってしまった。このとき四十四歳である。それから彼は、生計を立てるためだけの目的で、ア
クション探偵小説を書き始めた。
四十五歳で、駆け出しの大衆読み物作者。収入は激減し、チャンドラーは引越しを繰り返した。デ
ビューして五年後にようやっと長編を書き、評価も高かったが、初版は五千部にすぎず、ミステリ
ーとしては比較的売り上げも良かったのに、生活が楽になるとまではいかなかった。おまけに彼は
芸術家気質を持っていた。一つの長編、それもせいぜい原稿用紙五百枚ほどのものに、四年を費や
すことさえあった。チャンドラーが「儲ける」ことができたのは、書籍によるのではなく、ハリウ
ッドで雇われてからだった。年収数千ドルだったのが一気に一週間に七百五十ドル貰えるようにな
った。ところがハリウッドは彼にとってくそ面白くもない場所だった。そこでの執筆は流れ作業で
あり、ビリー・ワイルダーみたいにだらしのない生活をしている奴、ヒッチコックみたいにリアリ
ティのかけらもないアイディアで観客の意表をつくことばかり考えている奴なんかと、毎日顔を突
き合せなければならず、さらに禁酒していたために何もかもがつまらなく、苛立たしく感じられた。
心身ともに疲労困憊してハリウッドを去り、新しい長編『かわいい女』を書いたが、うまくいかな
かった。
次の作品は彼の最高傑作になった。けれどもそれを書いているとき、奥さんが病に倒れた。チャン
ドラーの奥さんはシシーといって、彼より十八歳年上だった。彼は既婚者だったシシーを略奪した
のである。『長いお別れ』を書き上げた翌年、シシーは死んだ。享年八十。チャンドラーは六十二
歳だった。
彼は七十一歳になる少し前に死んだが、それまでの年月、ある意味では妻の死から立ち直らないま
まだったといっていい。彼は女性との散発的な交際を始めるようになり、婚約までしたこともあっ
たが、同時に取り返しのつかないほど酒を飲み、自殺願望にさいなまれ、作品はうまく書けなかっ
た。アメリカにいてもイギリスにいても心が落ち着かず、ニューヨークで風邪をひき、カリフォル
ニアに戻ったところであっけなく肺炎で死んだ。
こんにちレイモンド・チャンドラーの作品は多くの読者に読みつがれ、多くの作家に影響を与え、
トルーマン・カポーティなどは彼こそアメリカ文学最高の作家といっているほどだが、楽な商売を
しているわけではなかったのだ。彼に比べたら僕なんかまだ怠けている。しかもとんでもなくハッ
ピーだ。弱音を吐いてはいけない。

9月15日(水)
昨日開店したばかりの、丸善丸の内本店に妻と二人ででかける。
これは東京駅周辺で最大の書店と謳われた、四階建てで売り場面積1400だか1700坪という
すげえ書店である。行ってみるとテレビや何やらで大評判だっただけあって、人また人の芋を洗う
ような人だかり。レジに行列ができる書店なんて初めて見た。
入ってまず一階がビジネス書、というのは考えたね。確かにあの周辺はビジネス街だから、経営や
資格取得にかんする本をとりあえず目立たせておくというのは手である。一時的な人気に惑わされ
ず、しっかり地元に根ざした店を作っていこうという気持ちがうかがえる。その上が雑誌と文芸書
で、僕の本もちゃんと平積みされていたのでひと安心。ここで印象的だったのはミステリで、ハヤ
カワ・ポケット・ミステリがずらりと目立つところに置いてあった。読んではいたけど持ってなか
ったフランク・マクシェイン『レイモンド・チャンドラーの生涯』と、ロバート・クーヴァー『女
中の臀』と、なんとびっくり「バベルの図書館」シリーズ(まだ絶版じゃなかったのか)の一冊を
買う。レジでは店員にまごつかれた。「バベルの図書館」にISBNコードが付いていなかったか
らだ。開店早々だからしょうがない。人がごったがえしてゆっくり本が見られないのもしょうがな
い。
その上が芸術・人文・児童書と文庫なんだが、この三階は本店の中でも圧巻といえるだろう。品揃
えもしっかりしているし、棚に愛情がある。人がいすぎて通路が狭く感じたけれど、ほとぼりが冷
めれば大丈夫。ここではモーリス・ラヴェルの伝記と岩波文庫を買った。
今は開店記念ということで、レジでおみやげのメモ帳を貰う。これが嬉しい。なんと夏目漱石が使
っていた原稿用紙を縮刷したメモ帳なのだ。このメモ帳に小説を書いてやろうか、なんて思ったり
して。
最上階は洋書である。僕はこの売り場に多少不満だった。「丸善といえば洋書」と、いまだに思っ
ている僕は古風なのかもしれないが、もうちょっと文芸をしっかりしてほしかった。といってしっ
かりしていないというわけではないのである。何でもかんでもあるが、ペーパーバック以外の小説
がちょいと少ない。チャンドラーは三冊しかなかったし、フィリップ・ロスもイアン・マキューア
ンも最新刊だけ。でもってアガサ・クリスティはすっかり揃っている。そーゆーのって、どうよ? 
でもこれも「開店早々だからしょうがない」に含まれるのだ。本屋の棚は一日にして成らず。がん
ばって貰いたい。人の噂が消えてなくなる75日後にまた行こう。そしたら店内のレストランも行
列にヘキエキしたりしなくて済むかもしれないし。

9月12日(日)
レイモンド・チャンドラー『長いお別れ』(ハヤカワ・ミステリ文庫)読了。もう40回目くらい。
どうしてまたしても読み返す気になったかというと、ひとつにはドストエフスキーを読み次いでい
くのに疲れたから。けれども直接的な理由は、このあいだローランド・ケルツと会ったでしょ、そ
のために英語の本を読んで勉強しておきたいと思っていて→本棚にたまたまあったチャンドラーの
「The lady in the lake」(『湖中の女』)を読み始めて→そしたら代表作の『長いお別れ』の英
語版を持っていないことを思い出し→渋谷のブックファーストで買って→でも「The lady in the
lake」がまだ途中なので読むのは後回しにしたけれど→気なってきたので翻訳で読むことにしたの
である。
今回はかなりじっくりと腰を据えて読んだ。そして思ったんだが、これはひとつの「完璧な小説」
だ。小説にパーフェクトなんかありえないという意見もあるだろうが、僕はこれについてはそう思
うのだ。サルトルは『ボヴァリー夫人』を「完璧な小説」と考えていたそうだが、それと恐らく同
じ意味で僕は『長いお別れ』を完璧な小説だと思う。
第一にこの作品はエンタテイメントである(小説はすべからくエンタテイメントでなければならな
い)。
第二にストーリーが起伏に富み、シンプルで力強い物語を大らかに語っている(小説の物語はシン
プルで力強い骨格をもっていなければならない)。
第三に物語の中で小気味の良い文明批評が適量、挿入されている(小説の中で哲学や批評を挿入す
る際には度を越してはならず、しかもそれ自体が小気味良く読めなければならない)。
第四に登場人物がすべて生き生きと描かれており、しかも多種多様な階層にわたっている(登場人
物はすべて生き生きと描かれ、キャラクターが重複したり不必要であったりしてはならない。また
単に必要のために描かれるだけでもいけない)。
第五にこの小説は一人称で書かれているが、その「私」である探偵フィリップ・マーロウは魅力に
富んだ人物である(一人称形式で書かれる小説の最大の難関は主人公が単純な、個性のない人間に
なってしまいがちなところである。一人称で書くときには主人公が個性的でなければならず、しか
もその個性が物語を邪魔してはならず、物語の中で有機的に作用しなければならない)。
これらどれひとつとっても、簡単にクリアできるルールではない。チャンドラーのような名人上手
でさえ、しばしばこのどれかを無視してしまう。特に第二ルールは彼の場合、けろりと無視されて
しまうことが多い。けれども『長いお別れ』においては、複雑であるべきストーリーがとてもシン
プルにまとめられて、破綻がほとんどない。僕は今、一人称で小説を書いているので、これはとて
つもなく参考になった。
チャンドラーの書簡集『レイモンド・チャンドラー語る』(早川書房)によると、彼はこの作品を
夫人が病床にある最中に書いたそうだ。そのため執筆に集中する気にならず、生気に欠ける作品に
なってしまったと考えていたようである。ところが編集者にべた褒めされると途端に手紙の調子が
明るくなる。へえー、チャンドラーでもそうなのか。

9月10日(金)
ローランド・ケルツ(Roland Kelts)という編集者・ライターと呑む。この人はついこのあいだま
で日本在住の外国人向け雑誌の編集長をしていて、村上春樹の知人であり、来年には小説家として
ペンギン・ブックスからデビューする予定で、昨日はオノ・ヨーコにインタビューしたという、と
んでもない人である。どうしてこんな優秀な人と呑めたかというと、ナルタニ・シュンスケが紹介
してくれたからだ。サンキュー、シュンスケ。
ケルツ氏からはいろんなことを聞いた。村上春樹の話も聞いたし、今のニューヨークについても、
大統領選挙についても聞いた。どうやらケリーという民主党候補は、僕が思っていた以上に頼りな
い対立候補であるらしい。「ありゃ馬鹿だ」とまでケルツ氏はいった。「あれこれいう必要なんか
ないんだ。ブッシュは嘘をついた、それだけいえばいいのに。このあいだケリーが何ていったか知
ってるかい? 『今のイラク情勢をあのとき知っていたら、私はイラク攻撃に決して賛成しなかっ
たろう』だって。なんだそりゃ」
僕は噴き出してしまった。今のイラク情勢をあのとき知っていたら、ブッシュだって攻撃に賛成し
なかったろう。とはいえ、ケルツ氏もブッシュが再選するのをよしとしているわけではない。「ケ
リーに入れるか、ブッシュに反対するか、どっちかだ」と彼はいった。
選挙前の三週間が勝負だそうである。それまでは無党派層は揺れ続けると。だけど僕は、ブッシュ
が再選するんじゃないかと思えてしょうがない。
(ケルツ氏からは村上春樹の話もたくさん聞いたのだが、書くのをやめた。プライヴァシーうんぬ
んというより、人に話すのがもったいないから。)

追記:ケルツ氏は現在、フリーランスの仕事を募集しています。彼は日本語を読むことはできませ
んが、話すことはできますし、英語については折り紙つき。これを読んでいる出版社の皆さん、も
しも興味がおありでしたら、藤谷までメールをいただければ幸いです。


9月9日(木)
村上春樹『アフターダーク』読了。
村上春樹は現役作家の中で、古井由吉と並んで最重要の作家であり、しかも古井由吉と違って初版
15万部という大人気作家だ。こういう作家の新作はあっという間に読んでしまう。ファンの間で
読み終わる早さを競ったりする。でもそういうふうに読んではいけないところもあるはずの作家な
ので、感想を書くのは難しい。
でも僕は物足りなかったと書いておく。
なんか作家が、小説を書くのに倦んでいる、もしくはくたびれているような印象があった。『アフ
ターダーク』は原稿用紙で約350枚ほどの作品で、近年の村上春樹作品としてはもっとも短い。
渋谷とおぼしき東京の街の一夜を描いたもので、おもな登場人物は以下の通りだ。
起きている妹(マリ)、眠っている姉(エリ)、姉の知り合いのトロンボーン奏者(高橋)、高橋
の知り合いのラブホテルマネージャー(カオル=女)、カオルの下で働く女二人(コオロギとコム
ギ)、ラブホテルで殴打される中国人娼婦、娼婦を殴ったサラリーマン白川。
350枚で主要登場人物8人というのは適正な人数であり、物語を構成するにもちょうどいい。と
ころが僕の考えでは、ここに立ち現れる物語は充分ではない。眠っている姉はなぜ眠っているのか
が書かれていないし、眠っている間に起こる奇妙な現象も説明抜きである。それでいいんだろうか。
実はこういう「説明がないじゃないか」という不満は、村上春樹作品にはつきもので、『ねじまき
鳥クロニクル』でも一部の批評家や雑文書きの人たちはぷんぷくりんに怒っていた。だから僕の不
満も、もしかしたら旧時代的な小説の読み方をしているせいなのかもしれない。
だけどね、説明がないまま不可思議な現象を描いていく、っていうことは、つまり読者に「感覚的
に判るでしょ」って共感を求めているのと同じなんじゃないかと思うんである。それは読者におも
ねっていることにならないか。そう書いてみるとこの作品は、双子らしき姉妹とか、ジャズ、理不
尽な暴力、物語の背後にひそむ「悪」の存在など、これまでの村上春樹作品にしょっちゅう出てき
た、つまり村上ファンにはおなじみの要素が、わざとらしいまでにちりばめられている。そんなと
ころにも読者へのおもねりが感じられてならない。
そしてこの作品は、実はすでに作者自身によって、それも小説の中で、予告されていたものだった
のである。1999年に書かれた連作短編『地震のあとで』(短編集としてのタイトルは『神の子
供たちはみな踊る』)の最後の作品「蜂蜜パイ」の最後の部分、つまりそれは、連作としても最後
の終結部分ということだが、ここで主人公の小説家、淳平はこう宣言するのである。

「これまでとは違う小説を書こう、と淳平は思う。夜が明けてあたりが明るくなり、その光の中で
愛する人々をしっかりと抱きしめることを、誰かが夢見て待ちわびているような、そんな小説を。」

『アフターダーク』というのは、ひとくちにいうなら、この通りの小説なのである。真夜中に始ま
り、夜明けに、愛する人をしっかり抱きしめるところで終る。それは感動的な出来事である。けれ
どもその感動は恐らく、「蜂蜜パイ」を読んだ人と読まない人とでは、大きく質も量も異なってし
まうような感動なんだと思う。それはやっぱり、あんまりいい小説の書き方とはいえない。いくら
ベストセラーが約束されている小説であったとしても。

9月4日(土)
ロシアの南部、チェチェンと隣接する北オセチア共和国というところで、始業式の最中だった学校
をテロリストが占拠した事件は、どこからどう見ても救いというものがまったくない。学童や教師
たちが250人以上殺されたという報道もある。実態は今のところつかめていない。ロシア政府も
情報を隠しているようだ。
あの事件によってチェチェンに同情する人もいないだろうが、ロシアに肩入れすることもまた不可
能である。ただ双方の暴力性がより明瞭になったというだけだ。テロリストたちがあの計画をどの
ように夢想していたかを考える。彼らはロシア政府が要求を受け入れて、チェチェンからロシア軍
が撤退して、囚人が解放され、自分たちも無事に学校から出られると思っていたのだろうか。テロ
リストがどれほど馬鹿でも、そこまで馬鹿だとは思えない。ということは最終的に、自分たちは死
ぬ覚悟でいたのだろうか。それならどうして政府関係省庁ではなく、学校を占拠の対象としたのだ
ろう。子供たちを殺しても、自分たちの言い分を通すためなら構わないと思っていたのだろうか。
そうだとしたら彼らはただの凶暴で卑劣な殺人鬼である。子供を殺した人間の言い分など誰も聞か
ないことくらい、最低限の常識を持っていれば判るだろう。
一方でロシア政府はどうしたか。彼らはモスクワ劇場占拠事件の時とまったく変わらない判断をく
だした。テロリストを殺すためなら、人質が殺されても、また殺しても、いいという判断だ。現在
のところ報道では、テロリストが逃げようとする子供を背後から銃撃したなど、テロリスト側の犯
行ばかりが聞こえてくるが、ロシア軍特殊部隊との銃撃戦において、特殊部隊が人質を銃殺したケ
ースもあると、僕はほぼ確信している。また、この事件の終結方法について、ロシア政府が何らか
の形で反省することは、まずないだろうとも思っている。むしろ彼らはテロリストに屈しなかった
自分を褒め称えるだろう。テロリストたちも同じだ。チェチェンで殺戮を続けるロシア政府が事件
の原因であるとして、場合によっては今回の事件を正当化さえするかもしれない。
つまり政府とテロリストは同じだ。どちらも国民を守りはしないし、反省もしない。強さと暴力を
等しいものととらえ、そのような強さを善であると考える。その考えを国民にも共有させようとし
て、実際に共有する国民によって、権力は維持される。まったく同じことが、ロシアでもチェチェ
ンでも、アメリカでもイギリスでも日本でもイラクでも中国でも北朝鮮でもスーダンでも起こって
いるのである。けれどもその考えは前提からして間違っている。強さは暴力ではないし、ましてや
善ではない。そもそも善によって自己を正当化することさえ疑わしい。善とは絶対的なものである。
絶対的なものはこの世に存在しない。従って善は存在しないと、こんな単純な三段論法に対してす
ら、権力は一顧だにあたえないのである。
子供たちは死んだ。またしても殺されてしまった。そして世界はますます陰険で暴力的になってい
く。国家は国民を守らず、テロリストもまた人民を守らないのだから、僕たちは自分で自分の身を
守らなければならない。とりあえずイスラム圏とロシアとチェチェンと北朝鮮とスーダンには近寄
らないことだ。今の僕は比較的、北朝鮮に近いところ、つまり日本に住んでいるから、危ない。

9月1日(水)
マイケル・ムーア監督「華氏9/11」を観る。ムーアのホームページで、アメリカ人の熱狂的な
喝采の声を読んでいたせいなのか、それともムーアの著作を翻訳されているものは大抵読んでいる
からなのか、驚愕の事実! みたいなものはなかったけれど、それでもこれは、胸にずしんと響く
ドキュメンタリーの傑作だ。
ある種の人々は、この作品をプロパガンダだといって批判する。この映画はプロパガンダである。
そのどこがいけないのか判らない。ブッシュはとんでもないペテン師で、金持ちのために戦争をし
たとこの映画はいわんばかりだ。実際はそうではないのかもしれない。では実際は何なのか。たと
えブッシュが大いなる正義のために戦争をしたとしても、その戦争で子供の腕が吹き飛ばされ、兵
士の心が凍りつき、母親の息子が死んだことに何の変わりもない。ついでにいうと、そういう犠牲
によってお金儲けをじゃんじゃんやっている人間がたくさんいるという事実にも変わりはない。

一方でちまちま、ちまちまと小説は続く。ここを抜ければ展望が見えてくるはずだ……と、もう書
き始めからずっと思っているんだけどね。
さるネットの掲示板で「読者をどう考えているか」という質問を振られたので、僕は以下のように
答えた。

れむさんの質問に答えてみたいと思いますが、まず最近とくに痛感しているのは、そもそも「書く」
ということの本質の中に、どこか雲をつかむような、たよりない部分がある、ということです。こ
れはもう、避けがたく存在する部分だと思います。
それはタンポポが種を飛ばすようなものです。タンポポに向かって「お前はどこに向かって種を飛
ばしているんだ?」と訊ねたら、すべてのタンポポが「地面だよ」と答えるでしょう。けれどもア
スファルトに落ちて朽ち果てる種もあるでしょうし、川に流されてしまう種もあります。そもそも
飛ばない種だってあります。
運良く「地面」に種が落ちても、そこで根を張ってくれるとは限らないわけで、タンポポの思い通
りになることなんかないわけです。じゃあタンポポはあてずっぽうに種を飛ばしているだけかとい
われれば、「そうです」というよりほかにない。だいたいタンポポがどんな地点から飛ばしている
かということも問われるわけだし。だけどもちろんタンポポにできることは、ひととおりやってい
るわけです。
その「ひととおり」というのは何か(ここでたとえ話、終わり)。それは高橋源一郎が大江健三郎
の『キルプの軍団』についていったような「サーヴィス」です。「サーヴィス」というのは多種多
様で、大江健三郎的な文学上のさまざまな手法の積み重ねであったり、西村京太郎的な、期待され
ているものを期待通りに書くことであったり、藤谷治的なしょーもないギャグであったりするわけ
です。もちろんサーヴィスには限界があります。けれども書く側にしてみれば、実は自分のサーヴ
ィスには、少なくとも最低限の自信は持っています。「オレの書くものは一般庶民にはわからねえ」
なんてことは、大江健三郎だって思っていないでしょう。
また、本当はサーヴィスなんかしたくないんだ、文学の本質はそこにはないんだ、と思っている作
者も、僕は存在しないと思う。いたとしたらその人の書くものには限界がある。文学というのは読
まれて初めて存在するものです。読まれなければ『ファウスト』だろうが『城』だろうが、ただの
紙の束。そうであることを思い知っていない作者の書くものは、やはり文学の本質を知らないと僕
は思っています。

8月30日(月)
オリンピックが終っちゃったー。
最初は「まるっきり興味なんかないのになぜか見ているオリンピック」だったのに、だんだんのめ
りこんでいった。やっぱり日本人ががんばっていると楽しい。
そう思っているのはいうまでもなく僕だけではないので、たとえば今の日本で「野口」といえば、
英世でもなければ五郎でもなく、「みずき」と相場が決まっている。今回いちばんのスターはやっ
ぱり彼女だね。でもあの人、練習してたらツチノコ見つけたとか、UFO見たとかいってるらしい
けど。そういうとこも含めて、可愛らしい。あと僕はこの期間中に、アニマル浜口の物まねができ
るようになりました。
もちろん日本人ばっかり見ていたんじゃあ、オリンピックは半分も面白くなかっただろう。たとえ
ばシンクロナイズドスイミングは、報道では「惜しくも銀」とかいわれていたが、ぜんぜん惜しい
とは思わなかった。ロシアのシンクロは図抜けている。あのすごい技と美に追いついて銀を取った
だけでもたいしたものだ。今回は本当は、ロシアが主役のオリンピックだったのかもしれない。体
操の女性も金銀独占だし。どうでもいいが水泳のコマロワ選手は、写真集出してくれないだろうか。
男? え、オリンピックって男も出ていたの? あーそーいえば昨日もマラソンやってたよね。あ
れは見た。あのブラジルの選手。トップを走っていたところを頭のおかしいアイルランド人に飛び
かかられて、泣くに泣けない痛恨事だったろう。ブラジル人らしく、表情がとても豊かで、そのひ
とつひとつが人間らしかった。アイルランドの狂人に飛びかかられて再びレースに戻ったときの苦
しそうな、悲しそうな顔は、本当に見ていて気の毒だった。けれども三位でゴールに着いたときに
は、鳥のように両手を広げて軽やかに喜びを表現していた。IOCは彼のスポーツマンシップを讃
えて特別メダルを授与したそうである。その名はバンデルレイ・デリマ選手。この名前は覚えてお
こうと思う。

8月27日(金)
さっき、誰とはいわないがさる出版社の社長が来店して、僕の作品を話題にのぼらせ、「売れれば
誰も文句いわないんですよ」「ゲージュツやるんなら金取らないほうがいいですよ」「三作目は売
れたほうがいいですよ」といって、帰っていった。あまり具体的な用件はなかったようだ。
この人は僕の小説を出してくれるわけでもなく、あまつさえ読んでもいないことを、僕ははっきり
告げられている。またこの人は、僕がまさに今、三作目を書いている真っ最中であることも知って
いる。
このところ、どうもこのような「藤谷のためを思って」いろいろいってくれる人が、あっちにもこ
っちにも出現している。これはどういうことだろう。いや、それは構わないのだが、こっちの気持
ちが人に対して防御的になってしまうのが、我ながら情けない。このあいだも父親と喋っていて、
父親のちょっとした言葉に僕は、必要以上に憤然となってしまった。すると親父は僕のあとを追い
かけてきて、僕の気分を盛り立てようとしてくれたよ。あれには少し感動したね。親というのはあ
りがたいものだ。
僕の小説がベストセラーになったという話も聞かないから、恐らくどっちかっていうと売れていな
いんだと思う。けれどもこれだけ矢継ぎ早に注文をくれるところが現れるということは、見込みが
あると思われているのも確かだろう。ということは三作目だろうと四作目だろうと、何作目だろう
と、売れるかどうかなんて考えないで、自分がいいと思うものを書き続けるよりほかにない。それ
を「ゲージュツ」といわれるのは、本当に弱ってしまう。売れたほうがいい。いいに決まっている
ではないか。けれども今以上に売れるために、僕には何かできることがあるのだろうか。できるこ
となんかない。「いいもの」を書くほかには。これやったら売れるかな、あれやったら売れるかな。
書きながらそんなこと、考えたこともないけれど、考えないでもはっきりいえることがある。そう
いう売れ行きの顔色を伺うような態度は、文章にきっと現れる。その現れかたは醜い。「いいもの」
の基準は、書いている人間の中にしかないものだ。
ではそれと「ゲージュツ」とは、どこが違うか。書いている人間が中に持っているものが違うのだ。
そこらの文芸同人誌やインターネットで書いている人間の「ゲージュツ」小説は、書いている人間
が中に文芸の豊かさを持っていないから、小説として狭く、つまらない。一方でマーク・トェイン
やディッケンズ、滝澤馬琴の書くものは、書いている人間の大きさをそのままに、広がりがあって
面白い。しかし自分の中にあるものを、やりたい放題に書いているという点では、同人誌小説もデ
ィッケンズの商業連載小説も変わりはないのだ。僕は商業用だからといって好きでもないのに書い
ているような小説というのは、基本的にこの世に存在しないと思う。それは西村京太郎だって中原
昌也だってそうだと思う。それはあくまでも、書いている人間の中にどれくらい広がりがあるか、
読者という他人を見据える、器というか幅というか、そういうものが自分の中に織り込まれている
かにかかっている。こっちから読者に擦り寄るのではない。また読者の首根っこを捕まえてこっち
へひきずりこむのでもないのだ。
ちなみに書いておくが、「ゲージュツ」と「芸術」はどこが違うか。芸術はずばり、金になってい
る。これは芸術をおとしめているのではない。真に力強く偉大な芸術は、少なくとも二十世紀後半
以降においては必ず認められるのである。僕は古井由吉が貧困にあえいでいるとは思わない。つげ
義春が新作を書いたら、出版社はこぞって高い稿料を提示しながら原稿を奪い合うだろう。たとえ
その芸術自体が金銭にならなくても、本当の芸術家には必ず救いの手がさしのべられる。芸術家が
大学で教えていたり、別な仕事を持っているのは、少しも恥ずかしいことではなく、むしろその人
の芸術が認められている証であることが多い。
僕は芸術家でもないが、同人誌作家でも決してない。マーク・トゥエインや馬琴を遠くの大きな目
標にかかげる、一個の努力する凡人だ。これまでも、今も、これからも、努力しながら好きなもの
を思うさま書いていくから、売れなければ捨ててください。自分でなんとかしますので。

8月22日(日)
いろいろ考えて、またしても「恋するたなだ君」は1からやり直しに決定。
一人称で書くよりほかにない。僕はこれまで、一人称で小説を書くことがなかった。抵抗があるん
だ一人称。だってさ、今の世の中、どいつもこいつも一人称で書いているじゃない? オレはしっ
かり三人称で小説を書くんだぞって思っていたわけ。
でも今回は、やっぱり一人称だ。すでに書き直し始めているが、けっこううまくいっていると思う。
それに僕はもう、三人称の小説をみっつ書いている。このあたりで一人称を試してみるのもいいだ
ろう。これで通算100枚くらい捨てたことになるが、これでいいのだ。

8月18日(水)〜20日(金)
神戸と大阪に新作の挨拶回り。今回、小学館がパネルを作ってくれて、そのパネルに名を連ねてく
れた人が京阪神に幾人かいるので、その書店を回るのである。ついでに関西の大書店にも挨拶に行
く。売れない歌手がレコード屋さんに挨拶する「キャンペーン」っていうのと同じだ。
とにかく関西の書店の熱意には、どのお店でも感動しないではいられなかった。僕の本ばかりでは
ない。店舗に自分の売る本への情熱がダイレクトにみなぎっている。といって関東人が関西に抱い
ているイメージの「コテコテ」的な押し付けがましさではない。なんというべきか、そこでは売ら
れている本が、出版社から、あるいは取次ぎから、与えられた本という印象がないのだ。これはと
思う本にはひとつひとつ手書きの宣伝文が書かれており、レイアウトにも工夫が凝らされている。
今回うかがった書店には、巨大な書店から20坪ほどの小支店もあったが、それぞれが自分の売っ
ているものに自信と誇りを持っていた。
夜はそういった書店員さんたちと飲む機会に恵まれたが、これがまた愉快な席になった。お店で名
刺交換してたときとは打って変わった放言放談。楽しむことを知っている人たちで、緊張していた
僕はかなり救われた。
本が当たり前に売れていたら、こんな風に小学館の営業の人や書店員さんの手間を取らせることも
なかったわけで、こう見えても神経の細い僕は、かなりなさけない気持ちになっていた。もちろん
今回お世話になった多くの人々に応えるには、面白い小説(売れることを当て込んで書くことはで
きないのだから)を書くよりほかにない。今回、少なくとも書店の方々からは裏表のない支持を感
じ取ることができた。これが羸弱した僕の神経に、どれほど励みになったことか。この場を借りて、
改めて感謝します。

……とはいうものの、帰宅して読み返した新作「恋するたなだ君」の原稿は、まったく色あせたシ
ロモノにしか見えなかった。おまけに「おがたQ」のインターネットの批評は良くないし、本当に
どうしよう。ため息しか出ない。

8月16日(月)
『白痴』第一部読了。これはずいぶん穴のある小説だ。ガーリャの家のドアベルは、ナスターシャ
が入ってきたときには壊れているが、すぐあとにロゴージンが入ってきたときには、うるさいくら
い鳴り響く。誰が何をしたいのか判らなかったり、どうしてその場にいるのか判らない人が登場す
ることも少なくない。ドストエフスキーのいつもの癖である、ありえないくらいの長広舌はここで
はとりわけひどい。
だがなんといっても納得いかないのは、そもそもムイシュキン公爵がペテルブルグを訪れた理由だ。
僕も最初は、公爵がたった一人残された係累であるエパンチン将軍夫人に面会するため、ただそれ
だけのためだと思っていた。けれども第一部の最後で、公爵はさる弁護士から遺産相続についての
手紙を受け取っており、その弁護士はモスクワにいるのである。となればだ。公爵がスイスを立っ
た時点ではまるっきりの一文無しであったこと、公爵が長期にわたる精神療養の直後であって、ロ
シアへの旅費もその療養施設の医者から借りたものであることを考えれば、何はともあれモスクワ
へ行って遺産を相続し、ある程度の金を持ってから親戚でも何でも訪ねればいいだろうし、またそ
うするべきであることは、公爵はともかく彼の医者ならまず間違いなくそう判断し、そうするよう
に公爵に指示したことは疑いをいれないのである。それなのに公爵が、あてにできるかどうかも定
かでない、また公爵自身もまるであてにしていない遠縁の夫人にコンニチワなどというために旅費
を使ったのはなにゆえであるか。これはもうはっきりいって、この第一部に書かれたような上を下
への大騒ぎ(その大騒動を公爵が予期していなかったことはいうまでもない)を作者が書きたかっ
たから、というよりほかにないのである。あっちこっちの人々からさんざっぱら馬鹿にされ、次い
で愛され(それだって、相手がかわいそうな白痴だからというに過ぎない。野良犬や野良猫をめで
るのと同じだ)、さらには利用されかけたり人の気持ちを錯乱させた公爵が、実はさっきっから遺
産相続に関するモスクワからの手紙をポケットに持っていたと判るのは、第一部も終りかけの、文
庫本にして300頁を越したあたりなのだ。
ドストエフスキーがいかにリアリティというものから程遠かったかが、よく判る。現代の読者とし
ては、こういった細部のリアリティをないがしろにした小説を読むと、そしてそのないがしろにさ
れた部分に気がついてしまうと、どうしても気持ちがしらけてしまう。ところがそのしらけた気ち
を持った現代人をすら惹きつける圧倒的な言葉の力がここにはある。それが具体的にどういうもの
なのかは、読み進めていくにつれてはっきりするだろう。

8月14日(土)
このところ毎日、夜になると歩いている。体重がとうとう100キロになってしまったので、生命
の危機を感じ(というか、ここらで危機を感じておくべきだと考えて)、運動のために歩いている
のである。最初は30分歩いたらもうヘトヘトだったが、今はだいたい一時間くらい歩いている。
そろそろ二週間になるけれど、体重はだいたい5キロ減った。100キロとなると、このくらいは
すぐに落ちる。遠い目標を80キロくらいとして、当座目先の1キロ1キロを減らすことを考えて
いる。体重計に乗るのが日課になってみると、歩くこともさることながら、食事や日常生活にもち
ょっと気をつけるようになるから面白い。もっとも、ほんのちょっとだ。腹が減っては戦ができな
いのは僕のモットーであるから、いわゆるひとつの「ダイエット」をしているとは、自分でも思っ
ていない。おなかは常に減っていない、というか気にかけないで済むようにして、そのかわりに歩
くのである。
歩くのが最近楽しくなってきたのは、そのあいだにいろいろ考え事ができるからである。僕の住ん
でいるあたりは東京でも比較的平和な、治安の安定した狛江という地域なので、もちろん暗闇にホ
ームレスや陰気そうな奴がうろうろしていることがないわけじゃないが、警官もよく見かけるから、
考え事をしながら歩いても不安ということはない。昨日は新しい小説の3章めが終ったので(この
第3章はきつかった)、新しいチャプターに登場する二人組の名前を考えながら歩いた。
小説を書くのに筋肉はどうしても鍛えておかなければならないと、僕は思っている。小説に限らず、
およそ創作をする人間はすべからくそうなんじゃないだろうか。日本の近代文学者は健康に留意し
なかったから大きな作品が書けなかった、というと三島由紀夫めくが、三島だって結局は質実剛健
というわけにはいかなかった。あの筋肉は見た目だけだったそうだ。あれだけ一生懸命鍛えていた
のに気の毒である。僕は、どうも近代日本の食生活がこれには関係しているんじゃないかと思って
いる。しっかりした筋肉を身に付けるにはしっかりとした骨格が必要で、しっかりした骨格を作る
ために日本の食生活は必ずしも適していなかったのではないだろうか。もちろん健康という側面か
ら見れば、日本の食は世界に誇れるものだけれども、骨格を作るにあたっては、どうしても一九六
〇年代以降の飽食的食文化を待つよりほかなかったのかもしれない。
丈夫、という点では、僕は生まれ育った家庭に感謝している。とりわけ父親に感謝している。僕の
父は、今では淡白なものを食べているが、五十代くらいまでは北欧のヴァイキングみたいな豪快で
野蛮なものを食うのが好きだった。人を呼んでバーベキューをするのが好きだったが(僕はそうい
うの、本当に嫌いだった。孤独を愛するいやらしい少年だった)、バーベキューのとき、鉄板に塗
るための牛の脂身があるね。あれを父は食っていた。焼けた鉄板の上をぐるりと回し、焼け焦げだ
らけになった脂身を、「これが好きで」といいながら、ちょっと赤い顔をしてひとくちでぱくりと
いく。どうやら僕は、そういうことを大人になったらするんだと思っていたらしい。結婚するまで
脂身を食うのは大好きだった。脂身という点ではアメリカはまさに天国で、ステーキを買うと安い
ものほど脂身が多い(当たり前だ)。あんなもの食ってたから腹が出た。
あと、これは確かな記憶がないのだが、フライドチキンや骨付き肉の骨、あれを僕はばりばり食い
破るのが好きなのである。とりわけ沖縄料理の「ソーキ」と呼ばれる豚の煮たやつの骨は、柔らか
いものならまるまる食ってしまう。のどに多少ひっかかってもお構いなし。しかも特に図抜けてう
まいと思って食っているわけでもないから、自分でも不思議だ。
そういうものを食うのは格好悪い。女房にぎょっとされることも珍しくない。またグルメとか美味
求真といったこととも程遠い。けれども今の僕が丈夫なのは、そういう食い物のおかげだと思って
いる。僕は自分が長生きすることについて、疑いを感じたことは一度もない。せっかく念願かなっ
て小説を出してもらえるようになったんだ、あと50年くらいは書き続けるよ。

8月13日(金)
お盆の週末、ひたすら原稿用紙に向かう。遅々として進まない。でもまあ、大丈夫だ。
同時進行で『白痴』も読んでいる。まったくドストエフスキーってやつは、読むほどに驚かされる
作家だ。なにが驚くって、その小説手法の強引さには連日ビックリである。
すべての小説家と同じく、ドストエフスキーも場面を作るわけだが、その作り方が凄まじい。あり
とあらゆる登場人物を、同一時刻に同一の場所へ、押し込めるようにして登場させてしまうのだ。
『白痴』でいえば、僕が今日まで読んだところまでだと、まずムイシュキン公爵が列車に乗ってペ
テルブルグへ到着し、遠縁に当る将軍家に挨拶に行き、ついでそこで知り合ったガーニャの家に下
宿させてもらうことにする、と、これだけである。場面はみっつだけだ。ところがどうだろう、こ
の三つの場面でドストエフスキーは脇役も合わせると二十名以上の登場人物を動かし、ケンケンガ
クガク、罵倒と博愛と恐怖と策謀を交通事故の如くぶつけまくっているのである。だからひとつの
場面の対話を読んでいても、うかうかしていられない。思いもかけない人間が、時に憤怒し、時に
酔っ払いながら、しばしば複数でなだれこんでくる。その騒々しさこそ天才の筆である。
ドストエフスキーというと哲学的な側面が論じられがちだけれども、僕が思うにドストエフスキー
の哲学って、そんなにたいしたもんじゃない。やっぱり哲学は哲学者にはかなわないと思う(ずい
ぶん大胆なことを書いているが、日記だからいいだろう)。けれどもそのたいしたことない哲学を、
それこそバフチンのいう「ポリフォニー」的な手法で、立体的に書いていく。その力強さは人類史
上でも比類のないものだ。
もうひとつ。このあいだ誰かの書いたドストエフスキー論を読んだら、こんなことが書いてあった。
ドストエフスキーはある周期で日本のインテリのあいだでブームになる。今またその兆しが見える。
それは恐らく、現在の日本に「対話」が欠けているからではないだろうか。ドストエフスキーの描
く圧倒的な「対話」の世界こそ、今の日本に必要とされているのかもしれない、と。まったくその
通りだ。対話は脳細胞を活性化させ、情緒を育て、そして何よりも、世界は自分の思い通りにはな
らないし、かといって自分の言い分がまったく通らないわけでもない、ということを、個人個人に
教えてくれる。その最上のお手本がドストエフスキーだ。

8月9日(月)
ようやく今書いている小説について、どこに重心をかければいいのか明らかになった。今度の小説
は「美しい人間」についての小説になるだろう。っていうか、そうなれば成功。でも難しい。長い
ものになるかもしれない。といってもせいぜい500枚かそこらだと思うけれど。
そのための参考として本日より、純粋に美しい人間を描こうとした世界的傑作、ドストエフスキー
『白痴』を読み始める。

8月1日(日)
昨日はお客さんがたくさんいらっしゃって、『おがたQ』もそこそこ売れた。有難うございます。
今日はそんなでもない。新作をこつこつ書いていく。
今回は手書きでやれと石川さんにいわれたので、原稿用紙に万年筆で書いている。『おがたQ』の
初稿を書いたのと同じ万年筆だ。単に手で書くのみならず、書き直したいところはホワイトで消し
たり、文章を変えたくなったらその部分に書き直した原稿用紙を升目分だけ切り取って貼り付けた
りしている。こういう作業は手間がかかる。ただでさえ手書きで、判らない字は辞書で引いて(そ
のための辞書も購入)、えっちらおっちら亀の歩みでやっているのに、なにゆえこんな面倒くさい
ことをやっているかというに、実はこれ、大江健三郎氏の原稿の書き方なんである。テレビで前に
やっていたんである。やってみるとなかなか充実感があって、適度に緊張して書けるんである。
昨日はこれで通算16枚。今日はどのくらい書けるかな。

7月27日(火)
ついに、ついに、『おがたQ、という女』が上梓された。小学館の石川さんが本を持ってきてくれ
て、装丁の池田進吾さんと三人で呑みに行く。途中歩いていても、何だか身体が宙を歩いているよ
うで落ち着かなかった。文字通り「浮き足立っている」のである。『アンダンテ・モッツァレラ・
チーズ』が出たときに石川さんは、「嬉しくなっちゃうのは最初の一冊ですよ、あとはもうアタリ
マエみたいな気持ちになるんじゃないですか」なんていっていたけれど、とんでもなかった。こん
なにうれしいことはない。
とりわけこの小説の場合、こうなるまでに時間がかかっている。新潮新人賞の最終選考に残ったの
が2002年、稿を起こしたのはその前年だから、数えてみれば三年近い年月が経過したわけだ。
「ついに、ついに」という形容は、それほど大袈裟でもない。
下北沢の「茶話屋」に行くと、池田進吾さんがやたらとこの作品を誉めてくれる。池田さんは装丁
家としてプロ中のプロであるばかりでなく、装丁を依頼されてもゲラを読んで駄目と思ったら引き
受けないという気骨の人でもある。そんな人に装丁して貰えるだけでも光栄なのに、今回の装丁は
自作ということを離れて一個の傑作だ。
当たり前の話かもしれないが、小説を書いているとき、この本はどんな表紙になるだろう、なんて
考えたりはしない。そんなことを考える余裕がないともいえるし、ビジュアルな補助などいらん小
説を書いてやるぞというウヌボレがあるともいえる。今回も内心、どんな仕上がりになるのだろう
と思っていた。
完成した表紙はこのHPでも見ることができるが、作者にとってはアッと思わせるものだった。内
容的な説明を、一切していないのだ。女の絵が描いてある。しかしそれがどんな女かはまったく判
らない。タイトルがそういう意図でつけられているんだから、これ以上ふさわしい絵はないわけだ。
そしてこの絵は、実は「導入部としての表紙」なだけではないのである。読者が小説を読み始め、
読み終わったときに、本を閉じる。そのときに見えてくるものでもあるのだ。これは『アンダンテ』
にもいえることかもしれない。
こういう装丁は、通り一遍の流れ作業では決してできないものだと思う。作品に対する批評でもない
だろう。小説を書いた人間がいうことじゃないかもしれないが、小説の中に入り込んで入り込んで作
られたものだ。実際、池田さんはおっしゃった、そういうものがこの小説にはあるのだと。
自分で見ると、愛着と照れくささが邪魔になって、まだまだ客観的な評価はできない。けれども面白
くないということだけはないはずだ。ですから、どうか皆さん、店頭で見かけたら、是非。

7月23日(金)
ドストエフスキー「悪霊」読了。
読書というのは何でもそうだけど、ドストエフスキーの小説を読むというのはひとつの大きな「体
験」だ。なんといっても長いし、濃密である。ただし今回読んでみると、決して難解ではないこと
が判った。これはあくまでも、ディッケンズやジェイン・オースティン、バルザックなどの19世
紀ヨーロッパ小説の伝統につらなる作品として書かれている。ただしそういった従来の小説からは
大きく一歩を踏み出した作品であり、作家であることは、ミハエル・バフチンが「ドストエフスキ
ーの詩学」で縷述している通り。
本は藤沢の実家から持ってきたものだが、奥付を見ると昭和59年に出た版を買っている。当時僕
は21歳だ。その前に「罪と罰」「カラマーゾフの兄弟」、それに「白夜」を読んでいるから、高
校から浪人時代を経て大学生の頃に、かためてドストエフスキーを読んでいたわけだ。みんなそん
な感じだろうけれど。
照れくさい告白になってしまうが、今、ほとんど20年ぶりにドストエフスキーを読み返して、結
局自分が小説を書きたいと思った最初の動機は、ここにあったんじゃないかと思っている。僕には
「悪霊」を書くことなんかとてもできないが、ドストエフスキーが期待以上の栄養補給になったこ
とだけは確かだ。これから継続して読んでいこうと思っている。

7月19日(月)
今日の日記は備忘録みたいなものだから、読んでもあまり面白くないかもしれない。まあ、いつも
のことだけど。
これまでの数日間、僕は人に言えない焦燥と苦難の中にいた。新しい小説がうまく進まない。進め
ることに喜びを感じられない。手は止まったまま動かない。どうしたらいいか判らないでいた。
そこで無理矢理机の前に座るのをやめて、本を読み始めた。このところどういうわけか気にかかっ
てしょうがない作家の作品である。それはドストエフスキーの『悪霊』。15日の夜から読み始め、
昨夜上巻を読了した。
ドストエフスキーを固めて読んだ高校時代以来である。そのときには、ドストエフスキーというの
は小説を書くのがあまりうまくない作家だと思っていた。書き出しは面白そうなのに、そのあとが
中だるみしすぎる。ただしそのあとクライマックスになると、とたんに度外れて面白くなる。そう
いう作家だと思っていた。ところが今回、それが高校生の浅薄な読解力での理解に過ぎなかったこ
とが判明。これは本当に面白い小説だ。恐ろしいほどに面白い。どきどきするような事件が次から
次へと起こる。圧倒的なキャラクターの個性と濃厚な物語。物語の機関銃で襲撃されているような
恐ろしさと快感を覚える。
また昨夜は「中井正広のブラックワイドショー」という番組が日本テレビで始まった。SMAPの
ナカイくんは「中居正広」だから、字が違う。今回はお弁当に入っているしょうゆさしを「たれび
ん」という、ということを30分間、ずーっとやっていた。いらつく番組だった。わざと見るもの
を(出演者も含めて)いらつかせているのである。今日が第1回。
明けて今朝、テレビをつけるとNHK教育テレビで「鏡の国のアリス」をやっていた。アリスを演
じていたのはケイト・ベッキンセール。この女優さん、今じゃスキャンダルの化け物みたいになっ
ちまったけど、ケネス・ブラナーの『から騒ぎ』まではとってもいい女優だった。このアリスも、
恐らく『から騒ぎ』より前の作品だろう。そう思いたい。低予算のテレビ映画で、恐らくイギリス
製。「新解釈」らしく、陰気なムードが漂っていたが、それでも僕に「ああ、この世には『不思議
の国のアリス』なんて小説もあったんだっけ」と思い出させてくれた。
どうしてこんなことを書いているかというと、「これでいけるかも」と思っているのだ。なんのこ
とだか判らないと思うけれど、日記だから、まあいいだろう。

7月16日(金)
閉店間際にメールがあり、青山ブックセンターが閉店になったと知らされる。驚いて同店の知人に
電話をかけると、撤収作業中であった。
青山ブックセンターといえば、しゃれた店作りで定評のある書店として、東京の人間で知らない者
はない。青山だけでなく六本木や新宿、自由が丘などにも店舗を出す、決して小さくない規模の書
店である。それが破産宣告を受けて同日閉店とは、あまりにも残酷な話である。だいいち百人単位
でいるであろう店員やアルバイトはどうなる。
青山ブックセンターは僕にとって、単に理想の書店というだけではない。僕の本を売ってくれて、
個人的にも励ましてくれた人のいる書店である。何とかしなければいけない。何とかしなければ。

7月15日(木)
参議院選挙は面白くなかった。「面白くない」という言葉のいろんな意味で面白くなかった。第一
に僕が投票した上田哲候補は当選しなかった。比例代表は「みどりの会議」に入れたんだがこれも
議席ゼロ。僕の投票歴も長いけれど、こんなのは初めてである。
 民主党が議席を伸ばしたが、僕にはこれが判らない。みんな前回の衆議院以後、民主党にがっか
りしていないんだろうか。みんないっぺん、知っている民主党の議員を挙げてみるといい。カン・
ナオト、オザワ・イチロウ、タナカ・マキコ、それに今回、レンホウとキナ・ショウキチが加わっ
た。これは一体、なんなんだ。これら一連の名前をひとつにするものはなんなんだ。なーんにもあ
りゃしない。投票率も上がらないっつーの。このあいだも常連のお客さんと話をしたんだが、民主
党は名前を変えたらどうだ? ぴったりのがある。「カクテル党」ってのがいいんじゃないか。メ
ンツがごったまぜでカクテルみたいだから、というのがひとつと、「党」は英語で「パーティ」だ
から、「カクテル・パーティ」ってシャレも入ってる。まったくこんな連中、カクテル・パーティ
ででもなきゃ一堂に会さないはずなのだ。
それにこれは、上田哲がインターネットテレビで言及していることだが、民主党は日本の武器輸出
禁止三原則を、アメリカに対してだけはゆるめようという提案を国会に出している。武器の技術を
アメリカに輸出しようという魂胆だ。この魂胆と、たとえばレンホウが選挙中にいっていた「アメ
リカに偏向しない外交のためのアジア共同体の創立」というのは矛盾すると僕は思う。その矛盾に
彼女自身が気がついていない可能性もある。民主党というのは僕が見る限り、そういう無自覚な人
が集まりすぎている。
じゃ自民党でいいのか。いいわけない。小泉内閣は日々でたらめの度合いを上げているように見え
る。それに公明党への依存度も高すぎる。道路改革は自然破壊という点でまったく容認できないし、
アメリカへのおべんちゃらも不愉快だ。憲法改正に対する動きも哲学とプライドを欠いている。だ
けどそれじゃいかんという意思表示を、民主党に投票することであらわすことはできないと思う。

このところ小説がとどこおっている。いっぺん最初から考え直すべきじゃないかと思う。何よりも
僕が書いていて楽しくないのが良くない。少し休ませてもらう。三日くらい。もっとかも。

7月2日(金)
かつて下北沢に住んでいた写真家にメールを送る。一年半か、下手をすると二年ぶりくらいに連絡
をしたことになる。彼女のホームページを発見したのだ。もっと前に発見するべきだった。
実はこのところ、新しい小説が通算42枚から先に進まなくて困っている。今回はひとつのチャプ
ターごとに違うエピソードを書いていくので、前段のつながりから先に筆を押していくことができ
ない。今さらながらジュール・ルナールとか室生犀星って凄いな、と思う。僕にできないことをや
っているのではないかとも思うし、僕にはできないことなんかないぞ、とも思う。
現在進行中の作品に自信がもてないのは毎度のことで、これまでの三作も自信喪失のまま編集者に
見せ、結果的に過分なお褒めの言葉をいただいているのだから、そろそろ執筆中でも自信を持つか、
さもなくば自信喪失状態に慣れてもいいはずなのだが、いっこうに自信は持てないし、慣れない。
オーギュスト・ルノワールがインタビューに答えた言葉を思い出した。「ねえヴォラールさん、私
はいつも絵の具に混ぜる油の量をはかるとき、もうこれで最後だという気持ちではかったものだ。
けれども駄目なんだよ。いつだって次の絵を描くときには、またいちからはかり直さなけりゃなら
ないのさ」
久しぶりにメールを送った写真家の人には、思い出がある。それは今からもう何年も昔のことで、
しかもごく些細な一瞬の出来事だ。僕はその写真家と、やはり定評ある写真家である彼女のご主人
と、下北沢を歩いていた。北口で食事をした後のことで、僕はご主人と並んで歩いた。そのご主人
が、踏み切りにさしかかったあたりで、ふとこう云ったのである。「芸術って、わからない」
別にどうということもないひと言だった。そのときたまたま仕事で行き詰っていたのかもしれない
し、単に酔っていただけなのかもしれない。ただ、彼はすでに業界内では定評ある写真家であり、
なんで今さら芸術に思い悩むことがあるんだろうと不思議に思った。でもそれだけの話である。と
ころがそれ以来、とりわけ写真や絵画など、ビジュアルな芸術を見るたびに、その一瞬が思い起こ
される。
写真に関する僕の知識は無に等しい。ただ学生時代、ちょっとした芸術写真のブームがあって、よ
く写真展を見に行った。ブラッサイもいいしアラーキーもいいが、僕は芸術写真家として、アンリ・
カルティエ=ブレッソン以上の才能はまだ見たことがない。
カルティエ=ブレッソンは「マグナム」の一員でもあるし、一応は報道写真家に分類されるんだろ
うけれど、誰も彼の写真を報道として見たりはしない。なぜか。そこには誰の目にもまったく疑い
ようのない芸術性があるからだ。彼の写真はほかの誰の写真とも違う。「ほかの誰の写真とも違う」
とはしかし、どういうことか。彼が撮るのは世界中の風景と人物である。彼は1933年のスペイ
ンを撮る。ルーマニアの夜汽車を、アメリカの囚人を、歌舞伎俳優の葬式を、アンリ・マティスを、
ハイド・パークを撮る。
内乱のスペインを僕たちは見たことがあるし、アメリカの囚人も、夜汽車も葬式も見たことがある。
彼の扱う風景は、どれもこれも僕たちがよく知っているものやことばかりだ。しかし彼の写真は僕
たちに云うのである。「いいや」と。「いいや。あんたは夜汽車を見たことがないし、ハイド・パ
ークも見たことがない。なぜなら夜汽車とはあんたが見たようなものではなく、ハイド・パークは
あんたが見たようなものではないからだ」。いわばカルティエ=ブレッソンは、ある日、ある時、
ある瞬間に、世界で初めて夜汽車や葬式、ハイド・パークやマティスを見るのである。これがつま
り彼の云う「決定的瞬間」ということだと思う。
これは云いかえると、こういうことになりはしないか。もしカルティエ=ブレッソンが夜汽車を撮
らなかったら、僕たちは夜汽車にたとえ何千回乗ったとしても、そこに芸術を感じることはなかっ
ただろう、と。夜汽車がそこにあることは誰にだって判る。でも夜汽車があれほどまでに深く、静
かで、人間のはかなさと脆さ、愛情のあわやかな息づかいをあらわす舞台になりうると、僕たちに
示してくれるのは、芸術をおいてほかにはないのだ。まったく同じことが、セザンヌのサン・ヴィ
クトワール山やドガの踊り子、ルノワールのカフェテリアやウォホールのキャンベル・スープにい
えるのだ。輝きを発していないもの、取るに足らないもの、当たり前にそこにあるものを輝かせる
のが、芸術にほかならない。そういう意味では、文学もまた芸術なのである。

7月1日
参議院選挙、ほんとにどうしたものかねえ。
東京都選出は四人だそうである。11人が立候補している。候補者を一瞥してみると、いっちゃあ
悪いが政治家として信頼できる人はほとんどいないし、利口そうな人すらあんましいない。
僕が今度の選挙で投票する基準は年金でもなければ景気でもない。アメリカ政府だ。ブッシュであ
るとか何とかいうことではなく、僕はアメリカの国力や、日本に対する影響力が、もっと弱くなっ
てもらいたい。日本が世界を見るとき、何でもかんでもまず日米安全保障条約というものがあって、
それからほかの国を見る、という目のやり方は、もういい加減にやめるべきだ。日本にいるとアメ
リカは世界で最も偉大な国で、これについていくのがいちばん安全だ、と感じられがちだけれども、
そもそもアメリカを世界最強の国にしているのは、現在の日本みたいなスタンスが直接間接のささ
えになっている。これは日本にとっても世界にとっても不健全なありかただと思う。
だからアメリカの顔色を伺うような政治家や政党には入れたくない。この段階で自民党と民主党は
脱落するのである。公明党と社民党が信頼できないのはいうまでもない。公明党は支持母体である
創価学会の会員からすら批判を受けている。世界平和を謳いながら自衛隊の多国籍軍参加にも改憲
にも賛成とは、矜持がなさすぎる。社民党に至っては、単にみっともないだけだ。
すると共産党が残る。だけどなあ……。いってること、たいてい賛成なんだけどなあ……。あの口
の利き方、党首の魅力のなさ(ブルドッグの子犬に似てる)、政権を取れるわけでもないし、党外
に影響力を持つことすらおぼつかない。けれども投票は意思表示だからね。どこに入れて無駄とい
うことは、原則的にはないはずなのだ。共産党は、ちょっとキープ。
あと無所属ですけど、これがまた、東京都の無所属候補者が、なんというかねえ……。
「世界経済共同体党」マタヨシ光雄さん……「唯一神又吉イエスが本参議院議員として国会に出る。
そうなれば、当然、唯一神又吉イエスが国会議員として、首相指名を受ける資格が出来る。そうす
れば、小泉内閣は総辞職すべきである。」なんていってますね……。大変興味深い方ですが、僕は
投票しません。
青島幸男さん……参議院で何をするつもりなんでしょうか。1960年代の仕事は嫌いじゃありま
せん(つまりクレイジー・キャッツの作詞)けど、今はもう、僕としてはあっちにいってて貰いた
いです。
ますもと照明さん。僕は拉致被害者の家族には同情をおしまない。その切羽詰った気持ちも判る。
政治の外にあって政治家に訴求するのは隔靴掻痒だろう。けれどもこの人のホームページを見ても、
僕は「自分のことしか考えていない」としか思えなかった。もちろん、それでいいのである。被害
者の怒りと悲しみというのはそういうものだと思う。でも僕とは関係がない。非情だが投票しない。
そうなると、結局11人いるけれど、残るのは共産党と、あと上田哲氏しかいなくなるのである。
上田哲はかっこいい。ただし年寄りである。しかもこの人、ホームページに生年月日を記していな
い。この人が高校教諭だったとき(そんなこともやってたらしい)、教え子に田原総一郎(70過
ぎてる)がいたっていうんだから、か・な・りの年寄りと推察される。共産党の今村順一郎氏は45
歳。ただしこの人、選挙には一回も勝ったことがない。
あーもー。本当にどうしよう。それに比例代表もあるんだよね。まいったなあ。
小説は通算42枚。

過去の日記
(2004年4月〜6月)
(2003年10月〜2004年3月)
(2003年8月〜9月)

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