3月5日(金)
雑誌「新潮」4月号の見本が送られてくる。僕の短編「ふける」が掲載されているのである。
「ふける」は苦心の作である。五十枚書くのに五ヶ月かかった。しかもこんなもの書いてなんになる、と思いながら書いて
いた。出来不出来ではなく、自分のねじまがった気持ちをそのまま書いているだけなのだ。僕がスキャンダラスな私生活を
送っていて、それでねじまがっているというなら、読んでも面白おかしい見世物になったろうが、ねじまがっているのは完全
に小説そのもの、小説を書くということに対してであって、読者のことはこれっぽっちも考えていない。担当編集者をあんまり
待たせても悪い、仕事をしていなかったわけではないのですという証拠を示すために渡した原稿で、正直な話、掲載され
なくても仕方がないと思っていた。掲載とはこれを商品にするということで、読者をかえりみない小説など、商品価値を持た
ないと判断されてしかるべきである。
それを編集者は汲んでくれた。甘えだが、僕も内心では掲載してくれればこんな有難いことはないと思っていた。するっと
一気に読める、ウエルメイドな小説を普段の僕は書いているわけだが、そうそう素直にそんな小説を書いているわけでは
ないんだということを、小さな声でいいたかった。前回「新潮」に載せてもらった「日本私昔話より じいさんと神託」に比べ
て、今回はさほど直しを要求されなかったのも、意外な喜びだった。
そんなわけで雑誌が送られてきたときにはいさんで開いたわけだが、巻頭に橋本治氏の長編『リア家の人々』が一挙掲載
されていて、まだ読み始めたばかりだが、これが堂々たる力作。戦後日本の一家族(タイトルから判るとおり、三姉妹と父
親)をサンプルにして、戦後思想や風俗の変遷を描いている。読んだところまででは、この家族にいいこと、楽しいことは何
ひとつ起こらない。橋本治氏の意地の悪さはここでも充分に本領発揮されていて、それでも読まずにいられない、奇怪な
魅力に溢れている。リアが「文三」で、コーデリアが「静」でとくれば、明治以来の近代文学が意識されているのかもしれない、
というのは深読みか。「文三」は二葉亭四迷『浮雲』の主人公、「静」は夏目漱石『こころ』に出てくる先生の奥さんの名前
である。ついでにいうと、『リア家』で「文三」の浮気相手の名前は「千鶴子」であり、「静」の恋人の名前は「石原」だ……、
と、書いているうちに『リア家の人々』読了。見た目以上の巨編であった。
もし橋本治氏が、これほど若々しくなかったら、これは『山の音』になったかもしれない。これほど戦後日本と生々しく関係し
ていなかったら、『抱擁家族』になったかもしれない。しかし『山の音』は川端康成の、『抱擁家族』は小島信夫の小説で、
『リア家の人々』は、どこまでも橋本治の小説だ。これが川端、小島の傑作に匹敵する作品かどうかは、未来の人が決める
だろう。現在の人である僕は、ただただこの作の前にこうべを垂れ、畏怖するのみである。
いやだから、そんな作品の次に「ふける」が載っているんである。同じ治でもずいぶん違う。見劣りがする。こう見えても僕は
一生懸命やってるんだが、どんなに一生懸命やっても、手の届かないところって、あるんですね。はぁー。

2月13日(土)
冬季オリンピックが始まった。本日開会式。
だがその選手村開村式に参加できなかった日本人選手がいる。服装がだらしなく、それをマスコミが批判したところ、
謝罪の言葉もまただらしなかったというので、JOCから処罰をくらったのである。
僕はテレビや新聞でコメンテーターが、品格というのを、礼節というのを見た。朝青龍のときと同じだ。そしてどうしてこの
コメンテーターたちに、これほど腹が立つのかを考えた。嫌なら相手にしなければいいのに。
そして判った。コメンテーターたちは公衆の面前で正々堂々と、いじめを行なっている。朝青龍に対しても、スノーボード
の選手に対しても。
そうではない、と、すぐに反論が起こるだろう。我々は自分の信じる意見を述べているだけであり、その意見は、少なく
とも一面においては正しい意見なのだと。
僕はその通りだと思う。横綱は単なるスポーツのチャンピオンではないと彼らがいうとき、オリンピック選手は国を代表して
いるのだから礼節をわきまえなければならないと彼らがいうとき、彼らは正しいことをいっている。
僕は、正しいことをいうのはいじめだといっているのである。
正しいことに照らし合わせて、一人の人間を批判するのはいじめである。
反論はまた起こるだろう。我々は「一人の人間」を批判しているのではない。「横綱」という地位、あるいは権威に対して、
「オリンピック日本代表選手」という立場をかんがみて、彼らがその地位や立場にふさわしくないといっているだけである。彼ら
の立ち居振る舞いは好き勝手にすればいいが、それをその立場にあっても押し通すことは許せない、それだけのことで、彼ら
を個人的にいじめているわけではない。
まったく正論である。横綱たるもの地方巡業を放棄して母国でサッカーをやったり、土俵でガッツポーズをしたり、一般人の
鼻の骨を折ったりしてはいけない。オリンピック選手たるもの、シャツをズボンから出したり、「反省してまーす」と語尾を伸ば
してはいけない。したがって彼らは批判されなければならない。おっしゃる通りである。そしてそれは、いじめである。朝青龍
は横綱であり、スノボの選手はオリンピック日本代表であり、そうでなければコメンテーターたちは、彼らのことを知りもしなかっ
た。彼らがガッツポーズをして、謝罪で語尾を伸ばして、初めてコメンテーターたちは関心を持った。目をつけた。
子供たちは自分のクラスにいる人間の中で、特異な外見や言動を持つ者に目をつけて、いじめる。そこに理屈はない。
大人のいじめには「正しさ」という大義名分がある。それだけの違いである。いじめている側にいじめている意識がないという
点でも、これは同じ精神構造である。
それにコメンテーターたちは、彼らがどうなればいいかということを、決していわない。ガッツポーズをしなければよかった、シャツ
をズボンにいれていればよかったとはいう。それをすでにした彼らにしか、興味はないくせに。今の彼らが、どうなればいいのか。
朝青龍は横綱を引退したのに、まだ彼らは食い物にしている。引退してもいじめ足りないのか。オリンピックは始まったばかり
で、スノーボードは行なわれていない。今のうちに選手が代表を棄権すればいいのか。批判するのは何が目的なのか。
朝青龍は横綱を汚したのだから、死ねばいいと思います。そしたら僕は満足です。そういうコメンテーターがいれば、僕は敬服
する。だけど彼らは絶対にそんなことはいわない。彼らはそんなことは思っていないからだ。彼らはただ、批判されるべき人間
が次から次へと現れればいいとだけ思っている。正しい人というのは実に立派なものだ。きっとそれぞれの専門分野において
も、めざましい成果をあげているのだろう。

2月4日(木)
朝青龍現役引退。
人が、あいつは横暴だとかワガママだとかいうのを、僕は完全無視して朝青龍を愛した。悔しかったら朝青龍を倒し
てみろ。あんな強い相撲がどこにいる。そう思っていた。
それがこの短時日にたちまち、どうしても味方することのできない横綱になってしまった。場所中に六本木で人を殴打
し、鼻の骨を折ったという。事情はどうあれ横綱がそんなことをして許されるはずがない。横綱の綱の中は神域であり、
つまり綱をしめた相撲取りは人間であって神である。横綱に抱かれた赤ん坊が健やかに育つというのは、その神威を
分かち与えられたということだ。ほかの力士に水を吐いても構わない。新聞記者に罵言を投げても構わない。だが
場所中に人の鼻を折るようなことは言語道断だ。
しかも酔って憶えていないという。場所中に、人の鼻を折ったかどうかも憶えてないほど泥酔して許されるわけがない。
さらに殴ったのは一般人でなくマネージャーだったと嘘までついていたそうだ。マネージャーなら許されるとでも思ったか。
朝青龍は外国人である。日本人力士の何倍もの辛抱をして綱を取った。それなのにこの一件あるがために、馬鹿
野郎! 辛抱が足りん! と、いわれてしまう。これまで彼を非難していた連中がいうのではない。さまざまに非難され
てきたのを懸命に無視して応援してきた、ヒイキがいうのである。そのヒイキの口惜しさが、朝青龍には判らなかったの
か。相撲となれば誰よりも強く、相撲でなければ面白くて愛らしいファン太郎だったから応援したんだ。酔って人を殴る
なんて、卑怯者のすることじゃないか。僕は悔し涙をこぼしながら、これを書いているのである!
朝青龍は単にモンゴル人初の横綱であるだけではない。四年もの間、一人横綱として相撲人気を支えてきた功労者
である。その彼について品格だなんだと言い募ってきた相撲協会やワイドショーのコメンテーターは、今の僕にはその品格
のない横綱の尻にたかって儲けてきた虫に見える。朝青龍が品行方正であっても、あるいは品位を理由に五年前に
彼が引退しても、今と同じ収入を彼らは得られたのか。横綱が引退したこんにち、彼らも全員今の仕事を引退しろと
さえ思う。理屈なんかない。腹立ち紛れに書いているだけだ。

1月29日(金)
サリンジャーが27日に亡くなったとの記事をネットで読む。享年91歳。大往生である。
「ハプワース16、1924」を1965年に発表してからこんにちまで、サリンジャーはまったく作品を発表していない。
生きているのか死んでいるのかも判らないような状態が続いていた。
それについて数年前、あるアメリカ人から話を聞いたことがある。
「サリンジャーはただ隠遁しているだけじゃなく、住んでいる村の住人たちから護られている。だから記者なんか来ても、
何も教えない。村の人たちにとっては、サリンジャーが自分のところで静かに暮らしていることが誇りなんだね。彼らは
もちろん、ごく普通に近所づきあいをしているんじゃないかな。
作品を発表することはなくなったけれど、彼が今も書き続けているのは確かだ。自分でそういってる。彼は山小屋み
たいなところで書いていて、そこには書棚があって、一作書き終えるとその書棚に積んでいくんだそうだ。もう十作か、
十二作はあるらしい」
僕「すると、その小説は……」
「彼の死後、発表されることになっている」
僕「ああ、それは良かった!」
「死ぬ前に彼が自分で、すっかり焼き捨ててしまうんじゃないかと心配しただろ? そうなんだ。彼はでも、死後の
作品公刊に同意している。だから彼が死んだら、サリンジャーの新作ラッシュが始まるかもしれないね」
ああ、この話が本当でありますように! どうかどうか、シャレでないよう、切に願います。

1月22日(金)
『船に乗れ!』が「本屋大賞」にノミネートされました。有難うございました。
なんだかM1ファイナリストになったような気分だ。今から何ができるわけでもないのに、緊張する。
あれを書き上げてからこっち、あの小説のあと、どうしたらいいのか判らず、人知れず苦しい思いをしていた。今も
している。ようやく昨日あたりから少しずつ手が動いてくれる感じだけれど、これからは手だけ動いてもしょうがない。
一方で人はさかんに声をかけてくれるようになった。有難い。そしてなかなか孤独である。
つねづね思うことだけれど、小説家は小説を書いているそのあいだだけ小説家なのであって、普段は凡人である。
僕なんか凡人以下のぼけた中年にすぎない。音楽を聴きながらパソコンについているゲームをやって日を送って
しまうことも、最近は多くなった。愛想がいいわけでもないし、気の利いたこともいえない。
そんな中で自分の書いたものが評価されるというのは、照れ臭くもやはり嬉しいことだ。励まされているのを感じる。
『1Q84』『ヘヴン』『猫を抱いて象と泳ぐ』など、話題作が目白押しだから、難しいとは思うけれど、そりゃあできる
ことなら大賞になればいいと思う。でもまあ、今から何ができるってわけでもないし、座して待ちます。

1月21日(木)
小澤征爾氏の回復を願いつつ、「隔週刊ウィーン・フィル魅惑の名曲vol.1」(小学館)を買う。小澤征爾指揮の
ドヴォルザーク「新世界より」のCDが入っているのだ。
日本人はドヴォルザークが大好きだそうだが、僕はそんなでもない。そもそも「新世界より」と「チェロ協奏曲」は、
高校生までの期間に聴きすぎるほど聴かされている。小学校では今でも放課後に「家路」が流れるのだろうか。
あんなに毎日流されたら、さすがに飽きる。
でも久しぶりに聴く「新世界より」は、いいもんだな。小澤征爾に合ったレパートリーだと思うし、実際名演である。
癌なんかに負けないで、あっさり復帰してほしいと、心の底から思う。

1月9日(土)
北沢八幡に初詣に行っておみくじをひいたら小吉。いわく、籠の中の小鳥が放たれるごとく苦しみを逃れて楽しみの
多い身となる、世のため人のために尽くすべし云々。商いは「利益相当あり」とのこと。誠に有難くかたじけなく、
もっていよいよ今年は仕事しないという決意を新たにする。

1月8日(金)
まったく知らないで読んでいたが、『ベートーヴェンの生涯』(平凡社新書)は、青木やよひ氏の遺著だった。青木氏
は昨年十一月に亡くなっておられた。あとがきに、がんの転移云々と書かれてあったので、よもやと思っていたが、
残念である。享年八十二。
しかしこれは青木氏のベートーヴェン研究の集大成といっていい。新書の少ない分量の中で、ベートーヴェンという
研究しつくされた人物に、冷静で心穏やかな視線を投げかけている。読んでいるとまるであのベートーヴェンが、やや
個性的ではあっても基本的には品行方正な紳士のように見えてくるし(特に女性に対して)、枚数の関係ではあろう
が作品論はわずかしか書かれていないので、物足りないといえば物足りない。だがこの小さな一冊から学んだことは
多かった。
特に勉強になったのは当時のヨーロッパ情勢である。これを読むと、たとえばベートーヴェンがどうしてオペラを『フィ
デリオ』一作しか書かなかったかが理解できる。彼はフランス革命がロベスピエールの恐怖政治へ、ナポレオンの
皇帝即位からウィーン会議へと至る、「自由・平等・博愛」の精神と、その反動であったナショナリズムの時代を生き
ていた。音楽の都ウィーンは同時に、メッテルニヒのウィーン体制のウィーンでもあった。それはスパイと密告と検閲の
都だったのである。形而上的自由主義者とでもいうべきベートーヴェンは、実際、思想犯として逮捕すべきでないか
と当局から思われていたらしい。そうならずに済んだのは、彼が国際的な有名人であったことと、ルドルフ大公の
音楽教師だったためだそうだ。
理想をかかげるオペラなんかは、検閲に引っかかるに決まっていたのである。「第九」がぎりぎり精一杯だったのだ。
ウィーン体制は考えてみれば、ベートーヴェン以後のロマン派時代をすっかり覆っている。自由主義を抑圧して平和
を維持したわけだから、日本でいえば江戸時代にそっくりである。そして江戸時代同様、ロマン派の芸術も爛熟し、
自由主義的な抵抗は、あっても正面切ったものではなかった。
そして第一次世界大戦になり、ロシア革命があり、冷戦からベルリンの壁崩壊、ポスト・モダニズムを経て現在に至る。
どこをとっても芸術が、広く人間社会に向けて語ろうとする気持ちをそがない時代はない。こうして芸術は個人の内面と
美的娯楽を追及する、社会からの逃避先、心の楽園となった。ベートーヴェンがナポレオンの皇帝即位を聞いて「英雄
交響曲」の献辞が書かれた表紙を引き破ってからこっち、ずっとその状態は変わらないのである。
メッテルニヒの検閲は今も続いているのだ。芸術家が自分を検閲しているのである。僕も自分を検閲している。理想
社会なんて考えたこともないし、考えるだけ無駄だと思っている。死ぬまで僕はこの検閲から自由にならないだろう。なり
たいとも思わない。それが僕の、芸術家としての限界だ。

1月5日(火)
世界全人類の皆様、明けましておめでとうございます。本年も藤谷治をよろしくお願いいたします。
さて今年をばっちりいい年にするためにはいい読書をせんければならぬ。というわけで今年はいよいよ源氏物語に
取り組むことにした。原文はシキイが高そうだから與謝野源氏だ。今「夕顔」。読み出したときには一日一帖読め
ば五十四日で読めるわいなんて思っていたけど無理無理。読める分だけ読むことにする。
仕事始めは「小説現代」と「文蔵」から取材を受けて、年賀状チェックして、あと細かいこといろいろやって終わり。


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